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福島地方裁判所会津若松支部 昭和58年(わ)170号

団体職員

甲野一郎

右の者に対する公務執行妨害・傷害各被告事件につき、当裁判所は検察官島田伍郎、河野芳雄出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五八年四月一八日午前七時四九分ころ、福島県喜多方市字町田下無番地日本国有鉄道磐越西線喜多方駅職員休憩室内の同室から北側に隣接する休養室に通じる東側ドアの前において、同ドアに貼付されていたビラを撤去する職務に従事していた日本国有鉄道職員で同駅助役斎藤孝雄(当時三八歳)に対し、その左前腕部を一回足蹴りにする暴行を加え、もって、同助役の右職務の執行を妨害するとともに、右暴行により、同助役に対し加療約一二日間を要する左前腕挫傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)…略

(法令の適用)

被告人の判示所為中、公務執行妨害の点は刑法九五条一項に、傷害の点は同法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い傷害罪につき定めた懲役刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人及び被告人の主張に対する判断)

被告人及び弁護人は、被告人は本件傷害及び公務執行妨害の各公訴事実について、いずれも無罪である旨主張するので、以下検討する。

第一  傷害罪の成否について

被告人及び弁護人が、傷害の公訴事実について無罪を主張する理由の要旨は、被告人は、公訴事実記載の日時に、日本国有鉄道磐越西線喜多方駅(以下、喜多方駅という。)勤務の斎藤孝雄助役(以下、斎藤助役という。)が同駅職員休憩室(以下、休憩室という。)内の同室と北側に隣接する休養室へ通じる東側のドア(以下、本件ドアという。)に貼付されていたビラを撤去しようとした際、ビラを撤去されるのを防ぐため左足でビラを押さえたことはあるが(以下、右状況を本件事件ということがある。)、被告人の足は斎藤助役の腕にもその他の身体にも全く触れていないから、結局、被告人は斎藤助役に暴行を加えていないということにあるので、この点につき検討する。

一  斎藤助役が負った傷害の部位、程度

証人入澤俊氏の第四回公判調書中の供述記載部分(以下、入澤証言という、同証言は、事件関係人とは利害関係のない第三者である医師が自ら業務として行った診察の結果についての供述であり十分信用性が認められる。)、医師入澤俊氏作成の診断書及び証明書、国民健康保険被保険者診療録(カルテ)写しによれば、斎藤助役は、昭和五八年四月一八日午前九時過ぎころ、喜多方市字蒔田所在の医療法人社団日新会入澤病院に赴き、同日午前七時四九分ころけられた旨述べて同医師の診察を受けたこと、同医師は、斎藤助役の左前腕上部外側に軽い腫脹の所見が存したうえ、同人が右患部についての圧痛及び手先の方に少ししびれ感を訴えたので、レントゲン撮影を行ったところ、骨には異常がなかったので消炎鎮痛剤の注射、湿布及び投薬等の治療を行ったこと、斎藤助役は、その後同月二九日までの間数回に亘り同病院に通院して加療した結果右各症状は治ゆしたことが認められる。

右事実によれば、斎藤助役は入澤医師の診察を受ける以前にその左前腕上部外側に加療約一二日間を要する傷害(挫傷)を負ったものであるが、同助役が本件事件発生以前に右傷害を負ったことを認めるに足りる証拠はないから、結局、同助役が右傷害を負ったのは本件事件時かそれ以後入澤医師の診察を受けるまでの間ということになる。

二  ところで、本件証拠関係をみるに、斎藤助役が右傷害を負った原因については、直接証拠として、被告人が本件事件時に斎藤助役の左前腕上部外側を右足で一回けったのを目撃した旨の証人上野芳寛の第四回公判調書中の供述記載部分(以下、上野証言という。)が存し、これに副う間接証拠として証人斎藤孝雄の第三回公判調書中の供述記載部分(以下、斎藤証言という。)及び証人佐藤奎吾の第五回並びに第六回公判調書中の各供述記載部分(以下、佐藤証言という。)が存するので、以下、右各証言の信用性について検討する。

1 関係各証拠によれば、本件事件発生の当日である昭和五八年四月一八日の被告人及び被害者とされる斎藤助役の各行動、本件事件発生の場所的状況等につき次の事実が認められる。

(一) 斎藤助役は、午前五時三〇分に起床し、作業ダイヤに沿って集札客車の解放作業を行った後、午前七時四〇分ころ、三番ホームから線路を越えて一番ホームへ上り喜多方駅駅長事務室(以下、駅長事務室という。)に戻り、出勤していた佐藤奎吾同駅駅長(以下、佐藤駅長または単に駅長という。)にあいさつをしたりヘルメットと手袋を自分のロッカーにしまってから休憩室に行ったところ、ロッカーに一〇数枚、本件ドアに三枚のビラが貼られていたので、西側のロッカーに貼られていたビラからはがし始めた。そのビラは少しのりが乾いたような状態で一番古く貼られた感じだった。次に南側のロッカーに貼られているビラをはがしていると被告人に大声で「何やってんだ、ばかやろう。」等と怒鳴られた。

(二) 被告人は、午前五時三〇分起床後出札業務につき、午前六時三〇分ころから五〇分ころまで休憩室内のロッカーにビラを貼り、さらに、午前七時過ぎころから一〇分ころまで同室から休養室へ通じる二か所のドアにビラ貼りを行った。右のうち最初西側のドアの中央にある横の仕切りの下部に合計一〇枚を五枚ずつ二段にし、上段のビラの上部が右仕切りの下部に接する位置に、各段ともビラとビラの間にほとんどすき間のないようにして貼った後、これと同様の方法で本件ドアにビラを貼ったが、上段を左から三枚貼ったところで時間がなくなり出札業務に戻った。午前七時四〇分ころまで乗車券の発売を行ってから休憩室へ行ってみると、斎藤助役が南側ロッカーに貼付されたビラを爪ではがしていたので、同人に対し、大声で「何やってんだ、ビラはがしをやめろ。」等と怒鳴った。

(三) その後、斎藤助役と被告人は、相当大きな声で言葉のやりとりをしながら南側ロッカー付近から本件ドアの前まで、被告人が斎藤助役の後を追うような形で移動し、斎藤助役は本件ドアの前で中腰になり本件ドアに貼られた三枚のビラを向かって左側から左手ではがし始めた。被告人は斎藤助役の左斜め後方の本件ドアに向かって左側のロッカーの右角付近に両手をズボンのポケットに入れて立っていた。本件ドアに貼られた三枚のビラは、小麦粉を水でといて作ったのりで貼付されていたが、のりが乾いておらず表面がべたべたしており爪ですぐはがれる状態であった。斎藤助役が一枚目をはがし終わり二枚目のビラ(昭和五九年押第六号の五、以下、本件ビラという。)をはがそうとして左手人差指が右ビラに触れようとしたとき、被告人の足が同ビラの上から本件ドアに衝突した。斎藤助役は、一瞬しゃがみ込む姿勢になったがすぐに「いてて。」といったような相当大きな声をあげ、右手で左手の甲付近を押さえて立ち上った。

(四) 本件ドアは休憩室北側に存し、ドアの東側端と休憩室東側壁との間は一八六センチメートルの距離がある。本件ドアの巾は七六センチメートルで、東側には休憩室北側壁に沿って奥行き五〇センチメートルのロッカーが存し、西側には同壁に沿って奥行き五一・五センチメートルのロッカーが存する。右各ロッカー間の距離は八二センチメートルである。斎藤助役は本件ドアから約四〇センチメートル、東側ロッカーの西側面から約二二センチメートルの位置で中腰の姿勢で本件ビラ撤去を行い、被告人は西側ロッカーの東側角付近で本件ドアから約六五センチメートル離れた位置に立っていた。

(五) 本件ビラは、本件事件後本件ドアからはがされ、佐藤駅長が一時保管した後、同人から捜査官に提出されたものであるが、縦約三五二センチメートル、横約一二・四センチメートルの長方形で、上から約三〇・三センチメートルまでは緑地に白文字で二行に亘り「反国民的「行革」反対、ローカル線切り捨て反対」と書かれ、その下部は白地に緑色の文字で横に「国労仙台」と記載されている。本件ビラは、全体的にしわが存し、上部約三分の一が破損し二分されているが、その破損状況は、右端の上から一〇センチメートル付近から横にほぼ真直ぐに約六センチメートル破れ、更に左下方向に、左端の下から約二一センチメートルの点まで斜めに破れており、右斜めの破れ目に沿うように紙のめくれあがりが存するほか、破断部分を上下して縦約九センチメートル、横約一〇センチメートルに亘って泥様付着物によって生じた汚れが存する。

右のように認められる。

2 次に、上野、佐藤各証言中の本件事件目撃状況に関する部分及び斎藤証言中の被害状況に関する部分の要旨は次のとおりである。

(一) 上野証言

上野は、本件事件当時喜多方駅に助役として勤務していたが(以下、同人を上野助役という。)、事件当日は午前五時三〇分起床後作業ダイヤに従って仕事を行い、午前七時三六分から四一分ころまで駅長事務室内にある制御盤によって日中線六二二列車の制御作業を行った後、同室内の当務駅長机で指導日誌をつけていると、斎藤助役が上野助役の後を通って休憩室に行った。同室の方からバリバリという音が聞こえたのでビラをはがしていると思った。すると被告人が休憩室に行き、同室から被告人の「何やっているんだ、この野郎。」「やめろ。」という大きな声が聞こえたので普通でないと思いすぐに同室に行き入口の引き戸から室内に入った付近で中を見たところ、斎藤助役と被告人がストーブの手前付近で興奮してやり合っていた。そして、斎藤助役は本件ドアの方に移動し、被告人がその後を迫いかけるような形でついて行った。斎藤助役は、本件ドアに貼付されたビラを中腰で前かがみになって左手で左側からはがし始めた。被告人は、本件ドアに向かって左側のロッカーにくっつくようにして斜めに斎藤助役の方をみて「やめろ。」とか「やってんな。」等と大声で言いながら立っていた。二人がストーブの手前から本件ドアの前に移動するにつれて、自分も休憩室入口付近からストーブ右側にある長椅子とテーブルの間まで移動した。斎藤助役が左側の一枚をはがして二枚目をはがそうと左手をビラの上の方にのばし間もなくつかむと思ったときに、被告人が「やめろ。」と言いながらサンダル履きの右足を斜め上方にけり出した或いはけり上げたといった形で斎藤助役の左前腕の外側部をつま先で勢よくけった。被告人の足はそのまま本件ドアにぶつかりドスンという大きな音がしてビラが破れ、被告人の足が下に落ちた。斎藤助役は前のめりになるような格好で横の方に倒れながらロッカーにぶつかりしゃがみ込むような形になったが、すぐけられた部位付近を右手で押えて体を起こし「いてて、けったな。」と被告人に言った。その時すぐに休憩室の東側壁にかけてある時計を指して「甲野君けったな、七時五〇分現認する。」と言ったところ、その直後、「四九分でねえか。」という声がしたので振り返ると佐藤駅長がストーブと休憩室の入口の引き戸との中間位のところに立っていた。斎藤助役と被告人はけった、けってないと言い合いをしていたが、斎藤助役が被告人に、「けっぽったからビラ破れたべ。」と言って手に持ったビラを見せていた。すると被告人が「けっぽったなら跡ついてるべ。」と言っていたが、斎藤はその時制服を着ていたので跡がついているかどうかはわからないだろうと思った。その際、同駅瓜生保職員(以下、瓜生という。)が休憩室入口付近で「けっぽってねえべ。」と言ったが、佐藤駅長が瓜生に対しお前は新聞読んでたからわからないだろうと言ったら瓜生は黙っていた。自分は七時五一分ころ、七時五三分発の列車を出すため休憩室から出た。

というのである。そして、上野助役は、同日午後二時一六分から行われた鉄道公安職員による実況見分に立会し、目撃状況に基づき指示説明しそれにより犯行状況を再現した写真撮影がなされた。

(二) 佐藤証言

佐藤駅長は、本件事件当日の午前七時四二分に出勤後、机に座っていると休憩室の方から被告人の「やってんな。この野郎。」という大きな声が聞こえたのでビラの撤去をしていると思った。被告人の声があまりに大きいので駅長机の前の応接用テーブルに新聞を広げて読んでいた瓜生のわきを通って休憩室に行った。出勤したとき上野助役が当務駅長机のところにいたが、このとき同助役はそこにいなかった。休憩室の引き戸の入口から一歩か二歩入ったところに立って同室内を見ると、斎藤助役が本件ドアの前に中腰になっており、被告人は、本件ドアの西側ロッカーの本件ドアに向かって右角の辺に立っていたが、斎藤助役は被告人の向こう側にいたので被告人と重なって背中と尻の部分が見える程度だった。佐藤駅長が休憩室に入るとすぐ位に被告人の体が本件ドアの方に動いたかなと思うとドスンという音がした。斎藤助役は一旦しゃがみ込んだがすぐに左腕を右腕で抱き込むようにして「いててて。」と言いながら立ち上った。被告人は、半歩か一歩位その位置から下がり斎藤助役と相対して、けった、けってねえべという言い争いを始めたが、上野助役が「甲野君けったな。現認する。七時五〇分。」と言って右側にある時計を指差したので、自分の腕時計をみると七時四九分だったので、「四九分でねえか。」と言い、被告人に対し、「おれもちゃんと見ていた、現認した。管理者に暴力を振るうのは絶対許せない。」と通告した。

というのである。

(三) 斎藤証言

斎藤助役が本件ビラをはがすために手をかけようとしたとき、被告人の大きな声がして何かが左腕にぶつかった。その拍子に前につんのめるような格好になった。被告人の足が目の前にきたので足でけられたと思った。「いてて、けっぽったな。」と言った。被告人は、「けっぽってねえべ。」と言ったので、「そのはずみでビラが破けたべ。」というようなことを言った。その時上野助役の「甲野君けったな、七時五〇分。」とかいう声がし、それが終わると同時に佐藤駅長の「おれも見たぞ。」というような声が聞こえた。というのである。

3 弁護人は、上野証言は本件ビラについてなされた鑑定の結果と矛盾するから信用性がない旨主張するので、この点につき検討する。

(一) 本件ビラの形状及び破損状況は前記二、1、(五)認定のとおりであるが、これに加えて、本件ビラにつき、当裁判所が、(1) 本件ビラは外圧により破損したものであるが、右の破損状況に照らして、ビラに加えられた外圧の方向を知ることができるか。(2) 可能であるとすればその方向如何。との鑑定事項により鑑定を依頼した鑑定人東北大学工学部附属材料強度研究施設施設長教授高橋秀明作成の鑑定書、前記認定にかかる本件ビラが貼付されていた場所、位置状態、被告人及び斎藤助役の行動状況等の諸事情によれば、本件ビラに加えられた外圧の方向は左から右斜め上に約三〇度の方向であること、本件ビラの破損は、被告人のサンダル履きの足が当って生じたものであるが、つま先、かかとといったサンダルの一部分のみが本件ビラまたは本件ドアに当ったのではなく、サンダルの底面のほとんど全部が本件ビラ及び本件ドアに接し本件ビラを本件ドアに対して垂直方向に押しつけたまま左から右斜め上に約三〇度の方向にサンダルをすべらせることによって生じたものであることが認められ、また右外力が加わった時間については、前記諸事情に本件ビラの表面が相当べたべたした状態であったことをあわせ考えると極めて短時間、むしろ瞬時のことであり、本件ビラは被告人の足が当ると同時に破損したものと推認される。

(二) また、本件ビラに泥様の汚れが存することは前記のとおりであるが、右鑑定書によれば、本件ビラ表面に残された汚れ縞模様には一定の周期性、方向性が見られ、これらの汚れ模様は、サンダル裏面の模様とは一致せず、本件ビラ裏面に残存する接着剤の痕跡のそれと同一のものと考えられるから、これは本件ビラが貼付された本件ドア表面の凹凸模様と一致するものというべきところ、さらに前記鑑定書によれば、同鑑定人は右汚れはサンダル裏面に付着した泥水によるものと推定していることが窺われる。しかしながら、本件事件当時本件ビラの表面が相当湿っていた状態であったから、右汚れ模様はサンダル裏面に泥水が付着していない場合でも、例えば単に土ぼこりがついていた状態でも生じうるものと考えられるのみならず、サンダル裏面に泥水が付着していたとすればむしろサンダル裏面の模様が汚れとして残るのが自然であると考えられることに照らすと鑑定人の右推定は極めて疑問であり、積極的にサンダル裏面に泥水が付着していたものと認定することはできない。

(三) 上野証言が右鑑定書から認定される事実と矛盾するか否かについて検討するに、被告人の足が本件ビラに当った前後の状況についての上野証言の要旨は前記二、2、(一)のとおりであるが、要するに、被告人の足は下から斜め上方にけり出され本件ドアに当りビラを破損した後下方に落ちるというものであって、右鑑定書により認められる事実と何ら矛盾するものではない。

弁護人は、前記のように主張する根拠として、上野証言のうち、被告人のつま先が斎藤助役の左前腕上部外側に当る直前の状態は、司法警察員に相当する職務を行う鉄道公安職員高橋光作成の実況見分調書添付の写真一三のとおりで、その際、被告人の体が少し斎藤助役の方に乗り出して右足を上げてけった。右足の膝は曲っていた。被告人のサンダルのつま先は斎藤助役の腕に当った後上ないし下方向に動くのではなく真直ぐドアに当る。サンダルは縦長のビラに概ね縦に当りそのまま下に落ちていく旨の部分、とりわけ、サンダルが当った方向性及びサンダルはビラに当った後そのまま下に落ちていくとの部分をとらえて前記鑑定書によって認定される外圧の加わった方向と矛盾する旨主張するのであるが、右上野証言中のサンダルが本件ビラに当った方向性については、弁護人の、サンダルはビラに縦に当るのか横に当るのかとの質問について概ね縦と供述しているものであって、具体的に角度を示してきかれているものでもなく、縦に垂直方向に当っていることは否定し、ある程度の角度をもって当っている旨の供述をなしているのであるから、前記鑑定書によって認定される事実と矛盾するとはいえず、さらに、サンダルがドアに当ってそのまま下に落ちた旨の部分は供述の前後及び経過に徴すれば、左から右斜め上方にけり出した被告人の足が斎藤の腕に当り本件ドアに当って本件ビラを破損した後下方に落ちたという趣旨であることが明らかであるから、弁護人の主張は右供述の一部分だけをことさら強調して前記鑑定書により認定される事実との矛盾を主張するに帰し、採用することはできない。

次に、弁護人は、上野証言によっては、前記実況見分調書添付写真一三による姿勢では被告人のサンダルのつま先は斎藤助役の左前腕上部外側には当らず、左前腕下部内側に当ることになるから、この点についても上野証言は矛盾がある旨主張するところ、右写真についての上野証言の趣旨は、右写真の状態は、被告人が斎藤助役を足げりにした一連の動作のうちの足が斎藤助役の腕に当る直前の状況を静止して撮影したもので、その後、被告人の足は真直ぐ腕の方に向かっていって腕に当り、それからドアに当るというものであるから、上野証言に矛盾があるとは考えられない。弁護人は、右供述中、被告人の足が真直ぐ進むという意味について、右写真の状態から本件ドアに向かって垂直の方向に被告人の足が動く旨の理解を前提として右主張をなすものと推察されるのであるが、右供述の趣旨はそのようには理解しえないから弁護人の右主張はその前提を欠くものである。

さらに、弁護人は、上野証言による被告人の足げりの際の姿勢では本件ビラの破損部分につま先が当ることは不可能であり、せいぜい本件ドア下部の中間より下の部分に当らざるをえないから、この点においても上野証言には矛盾がある旨主張しているけれども、本件ビラを破損させた原因は被告人の足が当ったこと以外には考えられず、その際の被告人の履いていたサンダル底面と本件ビラ及び本件ドアとの接触状況は前記二、3、(一)認定のとおりであって、上野証言による被告人の足げり時の姿勢は右事実と矛盾するものではなく、かえって、前記実況見分調書添付写真一三の姿勢から被告人の足が斎藤助役の左前腕上部外側に当りさらに本件ドアに当ったとすれば、サンダルの底面のほぼ全体が本件ドア及び本件ビラに接した旨の前記認定ともよく符合するものというべきであるから、上野証言には何らの矛盾もない。

以上の次第であるから、上野証言が物証によって認められる客観的事実と矛盾する旨の弁護人の主張は失当である。

4 上野証言が物証によって認められる事実関係と何ら矛盾しないことは右のとおりであるが、さらに同証言を検討するに、同証言は、供述自体自然で一貫しており、供述内容も具体的かつ詳細であり前記二、1認定の事実ともよく符合するものであるから、他にその信用性を疑わしめるに足りる特段の事情がない限り十分これを信用すべきものであるが、弁護人は、この点につき、上野助役は、当日の当務駅長であるから斎藤助役が被告人からビラはがしを妨害されているのを見ながら一言も発せず、さらに斎藤助役に手を借さずに一人でビラはがしを続行させたことは不自然であり、上野証言のうち斎藤助役の服装について制服であったとする部分は、被告人の供述、証人瓜生保の第八回公判調書中の供述記載部分(以下、瓜生証言という。)及び証人同駅職員千葉祐一の当公判廷における供述と矛盾するうえ、被告人が斎藤助役の着衣に泥が付着しているか否か確認を求めたのに対し何ら応答しなかったことは不自然であること、また、上野の目撃位置は不自然であり被告人の供述及び瓜生証言にも反するものであるから、上野証言は信用性を有しない旨主張する。しかし、上野助役が休憩室に入り被告人と斎藤助役がストーブ付近で口論しているのを目撃してから同人らが本件ドアの前に移動して本件事件が発生するまでは短時間の出来事であったこと及び本件ドア付近の状況や被告人、斎藤助役の位置関係等に徴すると、上野助役が休憩室に入ってから声を発せず、斎藤助役に助勢したり被告人を制止する行動に出なかったとしても特段不自然とは考えられないし、上野証言のうち目撃位置や斎藤助役の服装についての供述が被告人の供述や瓜生及び千葉の各証言と反するからといって信用性が低いとはいえず(被告人の供述及び瓜生証言が信用できないことについては後述のとおり。)、また被告人が斎藤助役の着衣に泥が付着しているかの確認を求めたのに対し何ら応答しなかったとしても特段不自然とはいえずこれをもって上野証言全体の信用性を左右するものとは解されない。

したがって、上野証言は十分事実の認定に供しうる高度の信用性を有するものというべきである。

5 佐藤証言の信用性について判断する。

同証言は、供述自体具体的かつ明確で不自然な部分はないうえ、信用しうる上野証言とも符合するものであり、ことに、佐藤証言中、斎藤助役が「いててて。」と声をあげて立ち上り被告人と言い争いを始めた直後位に、上野助役が「七時五〇分現認する。」と言ったのに対し、自分の腕時計を確認のうえ七時四九分ではないかと訂正した旨の部分は極めて明確かつ写実的であって高度の信用性を有するといわなければならない。そして、佐藤証言にはその他信用性に疑いを容れるべき特段の事情も存しないから、全体的に十分信用するに足りるものというべきである。

(尚、弁護人は、佐藤証言は瓜生証言と反するので信用性が低い旨主張するが、瓜生証言の信用性が低いことは後述のとおりである。)

6 斎藤証言について検討する。

同証言中の被害状況に関する部分の要旨は前記のとおりであるが、さらに同証言をみると、斎藤助役は被告人の具体的犯行状況については目撃していないこと、左腕に何かがぶつかったという以前の行動等については供述自体明確かつ具体的で他の証拠関係から認められる事実とよく符合するのに反し、右の被害を受けてから佐藤駅長の宿舎へ行くころまでの状況については供述自体あいまいで不明確であり記憶の欠落が認められる部分も存すること、本件で争点の一つとされている斎藤助役の服装についてはその供述が変転しており明確な記憶に乏しいことが窺われる。

右の事情に照らすと、斎藤助役は右の被害を受けるまでの行動等については冷静に観察し記憶していたが、右の被害を受けた後一時的に興奮状態に陥り冷静な観察、記憶をなしえなかったが、佐藤駅長の宿舎へ赴いた後は興奮状態も治まったものと認めることができるのであって、斎藤助役が被告人に暴行を受けたとすれば、斎藤証言によればそれは斎藤助役の視界外から突然加えられたもので、その程度も相当な力であった(上野証言中ドスンという大きな音がした旨の部分からも推認される。)ことが認められるから、斎藤助役が、全く予期せぬ暴行を受けて相当興奮したことも十分首肯でき、その際の状況等の記憶にあいまいな点があるからといって斎藤証言の全体の信用性が否定されるものではないと解するのが相当である。弁護人は、被告人が斎藤助役に対し再三に亘り着衣に付着物が存するか否かの確認を求めているにもかかわらず、斎藤助役がこれに応じない態度をとったことは不自然である旨主張するが、右は被告人の一方的要求であるうえ、被告人の履いていたサンダルの裏面に泥水が付着していたとの点については多くの疑問が存することは前記のとおりであるから、斎藤助役の右態度をもって特に不自然ということはできない。

よって、斎藤証言の全体につきその信用性を失わしめるべき特段の事情は存しないから、同証言も信用するに足りるものといわなければならない。

三  被告人は、斎藤助役に対して暴行を加えたことを否定し、また、瓜生証言中には上野、佐藤及び斎藤各証言と反する部分が存するので、以下、被告人の供述及び瓜生証言の信用性について検討する。

1 瓜生証言中の本件事件発生当時の関係人の行動、及び周囲の状況等についての供述部分は次のとおりである。

すなわち、瓜生が朝の作業を行った後駅長事務室に行き駅長机の南側にあるソファに座って新聞を読んでいると、休憩室の方から被告人ともう一人が言い争うような声が二、三回聞こえた。ビラのことで何かやっているなと思ったが特に気にとめなかったが、その後、「あいでででで。」といった感じの奇声が聞こえたので不思議に思った。佐藤駅長がその声を聞いて瓜生の横を通って行ったので、休憩室に行ったものと思い自分も新聞をおいて休憩室に行った。休憩室に入ると、被告人、上野助役、斎藤助役、佐藤駅長が同室内にいた。各人の位置は、被告人が本件ドアの西側のロッカーの東南角付近、斎藤助役が本件ドアの東側のロッカーの西南角付近、上野助役が休憩室南側ロッカーの西北角付近、佐藤駅長が休憩室入口引戸の前で瓜生のすぐ前にいた。休憩室に入って初めて聞いた言葉は佐藤駅長の「何やってんだ。」というものであり、これに対して斎藤助役が、「被告人に暴力を受けた、左足で左手をけられた、上野助役が見てます。」と言い、上野助役が佐藤駅長の方をみて「見ました。」と言った。被告人は斎藤助役とけった、けらないと言い合っていたが、佐藤駅長の方を見て「ちゃんと話を聞いてくんつえ。」と言ったところ、佐藤駅長は「ほんじゃなんで左足あげたんだ、おれも見たぞ。」と言った。また、佐藤駅長が「七時四九分現認だ。」と言ったので自分も腕時計をみたら七時四九分だった。というのである。

2 右供述によると、瓜生は本件事件の状況自体を目撃したものではないうえ、瓜生が聞いたという奇声は斎藤助役が事件発生直後に発した声であると考えられるところ、前記信用しうる上野、佐藤各証言によれば、佐藤駅長は斎藤助役が右声を発した当時休憩室内におり、上野助役の七時五〇分という発言を七時四九分と訂正していることが認められるから、右の声が聞こえてから佐藤駅長が机を立って休憩室に行った旨の瓜生証言は信用できないのみならず、瓜生が休憩室内で聞いた会話中、斎藤助役の、被告人に左足で左手をけられた旨の発言、佐藤駅長の、なんで左足あげたんだ旨の発言は被告人をはじめ関係人の各供述には全く現れていない内容のものであり、左足で本件ビラを押さえたとの被告人の弁解に迎合したものと解するほかはない。また、瓜生は斎藤助役が右奇声を発してからソファを立って休憩室へ行ったというのであるから瓜生が見た休憩室内の状況は事件発生後多少の時間が経過した後のものというべきであって、上野助役は、午前七時五一分ころには業務に就くために休憩室を出て行ったのであるから、瓜生が目撃した上野助役の位置は、同人が業務に就くため目撃位置から移動していたとも考えられるのである。

したがって、瓜生証言中、本件事件発生後の休憩室内の状況に関する部分は信用性が低く、上野、佐藤各証言の信用性を左右するにたりるものではない。

四  被告人の供述についてみるに、本件事件当時の関係人の行動、及び周囲の状況等についての要旨は次のとおりである。

1 すなわち、被告人は、斎藤助役が本件ドアの前で中腰になってビラをはがそうとしていたとき、ズボンのポケットに手を入れて当裁判所の検証調書添付の写真一八の位置に立っていた。斎藤助役が一番右側のビラをはがし、二枚目のビラ(本件ビラ)をはがそうとして右手の人差し指が本件ビラの右上の角に、左手の指も同ビラの左上の角に触れようとしたときに、右位置から左足の膝を伸ばして大体平行に足を出した。サンダルの先で本件ビラの右側の真中より上の方を押さえた。くつ底の方は当っていない。本件ビラに当った瞬間左から右にかけて力が加わった。斎藤助役の身体と被告人の身体はどこも接触していない。斎藤助役の左の上腕と被告人の本件ビラを押さえた左足のつま先は一〇センチメートルないし一五センチメートル位離れていた。斎藤助役は一瞬間をおいて、姿勢はそのままで顔だけ休憩室入口の方をふり返って「あいてて。」といって右手で左腕の甲を押さえて立ち上った。被告人はやられたと思い、「ふざけんなよ、本当にけっとばしたのか、おれ、ビラに足かけただけでねえか。」と言い、休憩室に水がまいてあったのでワイシャツに泥がついていると判断して斎藤助役の右手をどかしてみたがその痕跡はなかった。本件ドアの東側のロッカーの方に寄って斎藤助役に「ふざけてんなよ。」等と言っていると休憩室の入口付近の方から「何やってんだ。」という佐藤駅長の声がした。そちらを振り返ってみると佐藤駅長、上野助役と瓜生がいた。それ以前は休憩室では誰もみていない。斎藤助役が「暴力を受けた、上野も見ています。」と言うと、佐藤駅長が「暴力をふるったな、大変なことをしてくれた。おれも見た、七時四九分現認。」と言った。上野助役は声を出さなかった。

というのである。

2 そこで、右被告人の供述の信用性を検討するに、本件ビラの破損状況、特に、主に大きく破損しているのは左側上部で下から約二一センチメートル付近から右斜め上に破れている部分で右破れ目に沿うように大きなめくれあがりが存すること及び右破損原因は前記二、1、(五)のとおりであるが、被告人の供述する、左足のつま先のみが本件ビラの右側の上の方に当った旨の被告人の足と本件ビラとの接触状態によっては、右のような本件ビラの破損状態は生じえないものと考えられるのみならず、被告人の供述による、被告人と斎藤助役の位置関係、被告人が左足をあげたという時の斎藤助役の姿勢及び左手の位置に徴すると、斎藤助役の左上腕部は被告人の位置からみると本件ビラに覆いかぶさる形にあったと考えられるから、被告人の足が、左足であったとしても斎藤助役の左手に触れることなく、つま先が本件ビラ上の被告人の示す位置に当ったという状況は極めて不自然であるうえ、仮りに、被告人の供述が正しいとすれば、被告人の左足は斎藤助役の左腕の下を交差する形で本件ビラに当ることになるからビラの破損部位はもっと下に生ずるものと考えられ、結局、被告人の右供述部分は本件ビラに残された痕跡と矛盾するものといわざるを得ない。また、被告人の上野助役の位置についての供述をみるに、被告人がふり返った時瓜生がいたというのであるから、被告人が見たのは瓜生が休憩室に入ってきたころの状況と考えるほかなく、そのころは上野助役は事件目撃位置から若干移動していた可能性が高いことは前記のとおりである。

このように考えてくると、被告人の本件事件時の状況に関する供述は物証及び他の証拠関係によって認められる周囲の状況等に矛盾するもので到底信用することができず上野証言の信用性を左右することはできない。さらに、被告人は、斎藤助役のワイシャツの汚れを問題とし、事件直後同人のワイシャツを確認したが汚れはついていなかった旨供述するが、右事件直後被告人が斎藤助役のワイシャツを確認したことは被告人のみが供述するところであるのみならず、斎藤助役が暴行を受けた部位に泥の汚れが付着していたとの点については多くの疑問が存することは前記のとおりであるから、この点からみても被告人の供述によって上野、佐藤及び斎藤各証言の信用性を左右することはできない。

五  弁護人は、本件の背景事情、被告人の立場と佐藤駅長ら当局側の立場の対立関係、国鉄当局による両者の力関係変更の方針を考慮すると、斎藤助役の前記一認定にかかる傷害は、上野助役や佐藤駅長の供述を裏付けるため、いわゆる当局側が作出した可能性が高い旨主張するが、かかる事実を推認し得る事情を認めるに足りる証拠は全く存しないから、弁護人の右主張は失当である。

六  以上によれば、上野、佐藤及び斎藤の各証言は十分信用しうるものであり、右各証言に本件取調べ済の各証拠関係をあわせ考慮すれば、本件公訴事実中被告人が斎藤助役に対し傷害を負わせた部分は、優に認定しうるものであるから、弁護人及び被告人の傷害の公訴事実についての無罪の主張は採用し得ない。

第二  公務執行妨害罪の成否について

被告人及び弁護人が、公務執行妨害の公訴事実について無罪を主張する理由は多岐にわたるが、以下、順次検討する。

一  弁護人は、本件に刑法九五条一項を適用することは憲法一四条一項に違反する旨主張し、その理由の要旨は、刑法九五条一項の保護法益は公務そのものであるから、一定の事実について同条項を適用することによって公務員を合理的理由なく保護する結果となる場合には当該事実に同条項を適用することは憲法一四条一項に反することになって許されない(適用違憲)ところ、喜多方駅において行われているような駅の小荷物業務を民間委託している場合に、私企業たる下請の職員の行う国鉄業務を妨害した場合には公務執行妨害罪は成立しないのに、同じ業務を国鉄職員が行っている場合にのみ公務執行妨害罪が成立するとすることは公務員を合理的理由なく不当に保護することになるのであって、本件について刑法九五条一項を適用するとすれば、公務員たる斎藤助役を合理的理由なく不当に保護することになり、憲法一四条一項に違反して許されない、というのであるが、被告人が斎藤助役のビラはがし業務を妨害した旨の本件事案に刑法九五条一項を適用することが憲法一四条一項に違反することについての具体的理由は明らかでなく、本件に刑法九五条一項を適用することが公務員たる斎藤助役を合理的理由なく不当に保護することになるとは解し難いから弁護人の右主張は採用しない。

二  弁護人は、刑法九五条一項の「公務員の職務」には非権力的公務を含まないと解すべきであるから、本件には同条項は適用されない旨主張するが、同条項にいう職務の範囲については、既に、最高裁判所が昭和五三年六月二九日の判決(刑集三二巻四号八一六頁)において、「同項(刑法九五条一項)にいう職務には、ひろく公務員が取り扱う各種各様の事務のすべてが含まれるものである。」旨判示するところであり、当裁判所の見解も右と同一であるから、これと異る見解を前提とする弁護人の右主張は採用しない。

三  弁護人は、斎藤助役の本件ビラ撤去行為について、本件ビラ貼りは労働組合としての正当な行為であり、斎藤助役のビラ撤去行為は使用者の団結権承認義務、団体活動受忍義務等に違反した違法な行為であり、斎藤助役の本件ビラ撤去行為は適法性、要保護性を有しない旨主張するので、以下検討する。

1 関係各証拠によれば、喜多方駅におけるビラ貼付状況等について次の事実が認められる。

(一) 斎藤助役は昭和五三年三月から喜多方駅に助役として勤務していたが、そのころから主として休憩室のロッカーに日本国有鉄道労働組合(以下、国労という。)のビラが貼付されていたところ、同駅では、昭和五七年八月一日付で同駅々長名による職員あての職場規律の是正についてと題する書面(以下、是正書という。)が休憩室内の業務掲示板に貼り出されたが、その中の是正項目の一として、組合掲示板以外の場所における掲示の貼り出しについてこれを禁止する旨が明示されていた。

(二) 国鉄においては、労働組合のビラ等の掲示物については、職員管理規程(昭和三九年四月一日付総裁達第一五七号)五四条一項一七号に基づく労働関係事務取扱基準規程(昭和三九年六月三〇日付職達第二号)三章(施設の使用)一六条ないし一八条において、次のように定められている。

一六条 所属長又は勤務箇所の長(以下「箇所長」という。)は、労働組合から掲示板の設置について申出があった場合は、次の各号に掲げる事項を条件として許可することができる。

(1) 業務上の支障又はそのおそれがないこと。

(2) 業務上の必要が生じた場合は、すみやかに移転又は原状に復すること。

(3) 掲示類は、正規の組合活動によるものであって、提出責任者の明示されていること。

一七条 1 前条の規定により所属長又は箇所長の許可した掲示板に掲示される労働組合の掲示類は、日本国有鉄道の信用を傷つけ、政治活動を目的とし、又は個人をひぼうし、若しくは事実に反するものでないものでなければならない。

2 職員は、所属長又は箇所長の許可した組合掲示板以外の場所に、労働組合の掲示類を掲出してはならない。

3 前各項の規定に違反する掲示類は、すみやかに撤去し、又は組合掲示板の使用を停止するものとする。

一八条 所属長又は箇所長は、前条第三項の規定により掲示類(前条第二項の規定に違反するものを除く。)を撤去し、又は組合掲示板の使用を停止する場合は、当該労働組合又は掲出責任者にその旨を通知して行わせるものとし、これに応じない場合は、通告した後、所属長又は箇所長において行うものとする。

(三) 佐藤駅長は、昭和五七年八月一日付で喜多方駅長に発令され、同月三日同駅に赴任したが、国労組合員に対し、是正書及び点呼時において、前記各規程によって禁止されている組合掲示板以外の場所におけるビラ貼りを禁ずる旨を周知徹底させていた。しかし、同組合員によるロッカーに対するビラ貼りは同年九月ころから激しさを加えてきたので、佐藤駅長及び同駅長から指示を受けた助役ら管理職がその撤去に当ったが、管理職が撤去するとまた貼付され、そのくり返しの状態が続いた。また、右管理職によるビラ撤去に際しては、組合側へ事前に通告されることもあったが、通告なしに行われることもあった。

(四) 被告人は、国鉄入社以来国労に加入し活動を行ってきたが、喜多方駅に勤務する国労組合員によるビラ貼りは、国労本部からの指令を受けた仙台地方本部の指令により、原則として休憩室ロッカーに中央本部から送られてくるビラを貼付していたが、管理職により撤去された場合はまた貼り返すという方針をとっていた。そして、ビラ貼りの手段は、当初セロテープを使用していたが、次第に撤去しにくいのりを使うようになり、昭和五八年三月末ころからは、より粘着力の強いのりが使用されるようになって、管理職によるビラ撤去作業は素手では困難となり、カッター等を使用せざるを得ない状況となった。

(五) ビラ貼付は昭和五八年に入ると回数、枚数ともに多くなり、同年四月に入ってからは一日に二〇枚ないし三〇枚ものビラが貼付されることもあった。同月一一日から本件が発生した一八日までの貼付状況は、一一日が三枚、一二日が一二枚、一三日が二二枚、一四日が二七枚、一五日が二一枚、一六日が二九枚、一七日が四五枚、一八日が一二枚というものであった。

(六) 貼付されたビラの大きさは前記第一、二、1、(五)のとおりであるが、その内容は、緑地に白色で「職場の権利・慣行剥奪反対、現場協議協約に調印せよ」「反国民的「行革」反対、ローカル線切り捨て反対」、赤地に白色で「「国鉄再建管理委設置法案」阻止、国鉄の分割・民営化反対」「国民春闘に勝利しよう、二三、五〇〇円勝ちとろう」、青地に白色で「福祉切り捨て反対、教育反動化阻止」「憲法改悪阻止、軍事拡大反対」というもので、いずれも下部に横書きで国労仙台と記載されている。本件当時、右のようなビラが休憩室の各ロッカーのとびら表面には上下に二枚、休憩室から休養室に通じるドアに合計一三枚貼付されていた。

(七) 休憩室は、喜多方駅舎の南東角に位置し職員の休憩や食事をとる等の目的に使用される部屋であり、室内には駅長の許可を受けた国労及び鉄道労働組合(以下、鉄労という。)の各掲示板があるが、鉄労の組合員はあまり休憩室を使用せず、管理職も出入りは少ない。一般人としては、職員が食事を注文した際、これを届けに来た食堂の従業員等が出入りする程度で他の人が出入りすることはほとんどないし、一般の乗客からは見えない位置にあるが、上りホームに面して直接出入りできるガラス張りのサッシのドアが存し、ガラスを通してホームから室内の一部が若干見える状態である。

(八) ロッカーは休憩室内には、南側に四個(一個三人用のもの、以下同様。)、西側壁に三個、北側に本件ドアをはさんで各二個設置されていたが、これらのロッカーは物品出納員である喜多方駅長の責任において保管されている国鉄の物的施設の一部をなす調度品で、職員個人に貸与されているものではなく、単にその使用が許されているものにすぎない。また本件ドアは駅舎の一部であり駅長によって管理保管されているものである。

以上の事実を認めることができる。

2 ところで、一般に、労働組合またはその組合員が、使用者の許諾を得ないで使用者所有の物的施設を利用して行う組合活動の当否については、既に、最高裁判所が昭和五四年一〇月三〇日判決(民集三三巻六号六四七頁)において、「労働組合又はその組合員が使用者の許諾を得ないで使用者の所有し管理する物的施設を利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが当該施設につき使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いては、当該施設を管理利用する使用者の権限を侵し、企業秩序を乱すものであり、正当な組合活動にあたらない」旨判示するところであり、当裁判所の見解もこれと同一であるから、以下、この見地から、被告人の本件ビラ貼り行為が正当な組合活動に当るか否かを検討するに、前記三、1認定の諸事情、ことに、いわゆる国鉄当局は許可された組合掲示板以外の場所に組合の掲示物を掲示等することを禁止し、佐藤駅長はこれを受けて喜多方駅職員にその旨を何度となくくり返し指導・通告していたこと、ロッカーに貼付されたビラの大きさ、色、枚数、貼付状況及びその文言中には政治的主張を含んだものも存したこと、ビラの貼付態様、手段、ビラ貼付行為と管理職による撤去行為はくり返し相当回数に亘って行われており、本件発生当時においては、ビラは粘着力の強いのりで貼付されており、のりが乾くと簡単には撤去できず、その撤去作業には相当の時間と労力を要すること、休憩室は喜多方駅に勤務する管理職を含めた全職員が休憩や食事等のために利用する部屋で、国労組合員が排他的に使用しうるものではないことは当然であるうえ、他の職員や管理職も出入りすることがあるのみならず、少ないとはいえ一般人が出入りすることもあり、また、上りホームから室内の状況が見える場合もあること、休憩室内のロッカーは職員の便宜のために事実上使用を許可しているにすぎないうえ、検察官請求番号甲二九番写真九葉によれば、ビラの貼付によって、通常人からみると少なからず美観が損なわれ、不快感を抱くであろうことは否定できないこと、本件ドアは駅舎の構成部分であること等を総合して考慮すると、被告人の本件ビラ貼付行為は、休憩室及びロッカーを管理、利用する国鉄当局の権限を侵し企業秩序を乱すものであって、これを許さないことが権利の濫用であると認められる特段の事情を認定しうる証拠はないから、正当な組合活動には当らないというべきである。

弁護人は、ビラ撤去については組合へ通告したうえで行う旨指示されていたのに本件は無通告でなされたものであるから違法なビラ撤去である旨主張するが、前記認定の事実によれば、本来、組合掲示板等許可された場所以外へ掲示された掲示物については通告を要せず撤去する旨定められていたのみならず、本件当時はビラ貼付と撤去が反覆して行われていたとの前記認定の事情に徴すると、本件ビラ撤去が組合側に通告せずに行われたとしても、これをもって違法であるとか、前記権利の濫用と認められる特段の事情が存するということはできない。

3 以上のとおり、被告人の本件ビラ貼り行為は正当な組合活動ということはできず、これを撤去したことが違法であるとは認め難いから、弁護人の右主張は採用しない。

四  弁護人は、斎藤助役は本件ビラ撤去を行う抽象的職務権限を有していなかった旨主張するので検討するに、営業関係の職員の職制及び服務の基準(昭和三七年八月一七日付総裁達三六三号)七条には、助役のおもな職務内容は、駅長の補佐(業務の分担を特に命ぜられた場合は、主としてその業務の補佐)又は代理、指定された業務の処理と定められており、さらに駅長のおもな職務内容は駅の業務全般の管理及び運営と定められている。そして、証人鈴木成雄の当公判廷における供述(以下、鈴木証言という。)によれば、右のように定められた助役の職務内容のうち駅長の補佐とは、駅長と一体となって駅の業務全体の管理運営に当ることであり、駅長の代理とは、駅長が不在のときに駅の業務全般の管理運営に当ることで、いずれも助役の発令を受けている者であれば当然補佐または代理の発令なしに当該業務の遂行ができるものであること、指定された業務の処理とは、駅長から個別的に指示を受けた場合にその業務を処理することであり、さらに、駅長の補佐以下の括弧書部分は、局長から特に発令をもって首席助役、総務助役等の業務指定を受けた場合は、駅の業務全体の管理運営の補佐ではなく、主としてその指定を受けた業務について駅長の補佐を行うという趣旨であることが認められる。この点について、証人五十嵐正三郎の当公判廷における供述(以下、五十嵐証言という。)中には、右条項の括弧書部分は、補佐という言葉の解釈としてこれを定義したものであり、駅長の補佐をなしうるのは業務の分担を特に命ぜられた場合である旨の部分が存するが、右の解釈は、文理上も論理上も到底採り得ないことは明らかである。

そして、駅長の職務内容に無許可の掲示物を撤去することが含まれることは明らかであるから、助役は駅長の補佐または代理として右掲示物を撤去する職務権限を有するのみならず、前記認定の事実によれば、斎藤助役は佐藤駅長の指示により本件に至るまでロッカーに貼付されたビラの撤去を行ってきたのであるから、右ビラ撤去が前記服務基準にいう指定された業務に該当すると考えられ、結局、斎藤助役は、本件において被告人が貼付したビラを撤去する抽象的職務権限を有していたものと解するのが相当であるから、弁護人の右主張は採用しない。

五  弁護人は、斎藤助役は本件ビラ撤去当時は、いわゆる下位職代行として構内指導係の職務を担当していたものであるところ、職員服務規程(昭和三七年四月一日付総裁達第一五〇号)三一条には、「職員が他の職務を兼務し又は代務するときは、当該職員の服務に関する規定によるものとする。」と定められているから、助役が下位職代行に入った場合は当該下位職者の有する職務内容、職務権限を有するにとどまり、その限りにおいては助役の職務権限を行使することはできず、斎藤助役は本件ビラを撤去する具体的職務権限を有しなかった旨主張するので、この点につき検討する。

関係各証拠によれば、斎藤助役は、昭和五八年四月一七日午前八時三〇分から翌一八日午前八時三〇分まで、同月五日に構内指導係の一般職員が転出したことに伴って、佐藤駅長の指示により右構内指導係の職務を担当していたことが認められるところ、鈴木証言によれば、右のように業務の正常な運営を確保するために必要がある場合に、上位の職にある者(管理職)が下位の職の者が行うこととされている業務を一時的、臨時的または付随的に行うことを下位職代務と称していること、そしてそれは、要員に欠員がある場合や、突発的な事由によって欠員が生じた場合などに、その生じた欠員と同じ職の者によって補充がつかない場合に、やむを得ず管理者が下位の職の者が行うべき仕事を行うことであることが認められる。

したがって、助役が下位職代務に入った場合の職務内容、職務権限を考えるに当っては、下位職代務の趣旨、内容、目的等に照らして必要かつ十分な範囲でこれを定めるべきところ、国鉄の業務の円滑な遂行のためには、作業の指揮命令系統が確立され、これに従って作業が行われることが不可欠であるから、助役といえども下位職代務に入り現実に特定の作業を行うに際しては当該作業について予め決められた指揮命令系統に基づいて一般職員からの作業指揮を受け、かつ、それに従って業務に専念する義務を負うことは当然であるが、下位職代務の前記のような趣旨、内容及び目的等に鑑みると、下位職代務に入った助役が右義務を負うのは、現に当該作業に従事し、または作業の遂行と密接に結びつく時間的、場所的範囲に限られるというべきであって、右以外においては一般職員から作業についての指揮命令を受けるものではないし、右のように一定の場合に一般職員からの指揮命令に服し作業に専念する義務を負うとしても、それはあくまでも一時的、臨時的、付随的なものであって、それによって助役として本来有する職務権限が失われるものと解することは到底できないから、弁護人の主張は採用し得ない。

したがって、斎藤助役は、本件事件当時、本件ドアに貼付された本件ビラ及び休憩室のロッカーに貼付されたビラを撤去する具体的権限を有していたことは明らかである。

弁護人は、本件事件当時、佐藤駅長及び当務駅長たる上野助役が斎藤助役と一緒に勤務していたのであるから、駅長らをさしおいて下位職代務に入っていた斎藤助役がビラ撤去を行う必要性はなく、その意味でも同助役には具体的職務権限はなかった旨主張するが、許可を受けないビラ撤去は個々の助役の職務内容に属することは前記のとおりであるから、本件事件当時佐藤駅長や当務駅長たる上野助役が勤務していたとしても、斎藤助役の右権限に何らの消長をきたすものでないことは明らかである。

六  以上のとおり、斎藤助役の本件ビラ撤去行為は適法なものであり、刑法九五条一項の「公務員ノ職務ヲ執行スルニ当リ」の構成要件に該当することは明らかであって、被告人が、本件ビラを撤去しようとした斎藤助役の左前腕外側部を足げりにしたことは第一に認定したとおりであるから、被告人の右行為は公務執行妨害罪に該当するものといわなければならない。

第三  以上の次第であり、被告人及び弁護人の主張はいずれも採用し難く、本件各公訴事実は取調済の各証拠によって優にこれを認定しうるものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上芳郎 裁判官 荒井純哉 裁判官平林慶一は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 井上芳郎)

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